オバマ大統領のノーベル平和賞受賞演説の報道を日米両方の新聞で、みて、おやっと思いました。
アメリカの大手紙はみな「正義の戦争」「正しい戦争」を見出しに大きくうたっていました。ところが朝日新聞は主見出しで「正義としての平和」と、逆を打ち出していたからです。
オバマ大統領はアフガニスタンでの戦争に米軍3万の増派を決め、戦争の遂行と拡大の施策を明確にしながら、その同じ時期に「平和賞」を受け取るという矛盾をみずからの演説のなかで認めて、自己の立場を弁護していました。
オバマ演説には次のような部分がありました。
「私たちは、自分たちの人生のうちには暴力的な衝突を除去できないという冷徹な事実をまず認めることから始めねばならない。各国が個別でも集団でも、武力の行使が単に必要なだけでなく、道義的にも正当化される場合があるのだ」
「ときには軍事力だけが不正を解決し、市民を保護できる。この世界には悪が存在するのだ。武力がときには必要だと述べることはシニシズムの対象とはならない。武力がときには必要なことは歴史の認定であり、人類の不完全さ、理性の限界でもある」
要するに正義のための戦争がある、という認知でした。
平和を守るためには軍事力を行使することも必要であり、正当化されるのだ、という主張でもあります。
ところが朝日新聞の同じオバマ演説についての記事をみると、
主見出しは「正義としての平和めざそう」となっているのです。
アメリカの新聞が主見出しとした「正義の戦争」という表現は見出しにはまったくありません。
朝日新聞の本文の書き出しは以下のようでした。
「オバマ氏は受賞演説で、アフガニスタンとイラクでの戦争の現実的な必要性を説く一方、武力に頼らない平和という理想を捨ててはならないとも強調」
しかし実際のオバマ演説は単にアフガニスタンでの戦争に留まらず、歴史をずっとさかのぼっての戦争一般の必要性、正当性、そして正義や大義までを強調したのです。朝日新聞の報道ではこのへんの現実は極端に矮小化され、ほぼ無視に近い扱いとなっています。これを偏向報道と呼ぶのでしょうか。
日本の一部のマスコミの国際報道だけを読んでいると、国際情勢の現実がわからなくなるという教訓の一例といえましょうか。
朝日新聞の場合、「ときには戦争は必要であり、正当化される」
というオバマ氏の言葉を正面から取り上げると、日ごろの「戦争はいかなる場合でも否定されねばならない」という持論が崩れかねない、ということなのでしょうか。



by hhonda
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