日米密約について調べた外務省委嘱の有識者委員会の報告書は日本の各新聞によって大きく報じられました。
そのなかで朝日新聞の紙面をみて、また苦笑しました。一連の報道や論評のなかで、密約を明かした「ライシャワー発言」をすべて「ライシャワー証言」と書き換えていたからです。
「発言」を「証言」と書き換えることで、どんな効果が生まれるか。これがここまでの問題提起で即時にわかる方はたいしたものです。
ライシャワー氏は「核持ち込み」の虚構を毎日新聞の記者だった私との自由なインタビューのなかで、自由に語ったのです。だからその言葉は「発言」です。
ところが「証言」といえば、議会や裁判所という公式の場で証人として、あらかじめ決まっている主題について、あらかじめ用意していたことを語るという意味がほとんどです。だからライシャワー氏が語った言葉は、最初のインタビューでも、また毎日新聞が「ライシャワー発言」を詳しく報道した後に日本のメディアの求めに応じて開いた記者会見でも、「発言」であって、「証言」ではありません。
この点は外務省も、この有識者委員会も同じ解釈をとっています。公表された調査報告書のなかでは、ライシャワー氏が語ったことは、「ライシャワー発言」と明記されています。アメリカの議会で証人として語ったラロック氏の言葉が「ラロック証言」と明記されているのとは対照的です。
日本のメディアもここ30年近く、実は一貫して「ライシャワー発言」という表現を使ってきました。ところがここへきて、唐突に朝日新聞はそれをすべて「ライシャワー証言」という言葉に切り替えました。「証言」と断じてしまえば、ライシャワー氏が毎日新聞記者との個別のインタビューでいろいろ話すうちに、核持ち込みの虚構を明かしていったという事実が薄れ、やがては抹殺されていくでしょう。これはやはり歴史の改竄ですね。
朝日新聞はライシャワー発言が最初に毎日新聞だけの報道として日本に伝えられたという事実を認めたくないのでしょう。「証言」といえば、ライシャワー氏がいかにもきちんと予定の決められた公式の場で、事前に用意した発言を証言する、という感じになります。ある人物が非公式の場である記者になにかを明かした場合、普通の日本語では「証言」とは呼びません。「発言」です。
朝日新聞はライシャワー氏の発言を「証言」と呼びかえることで、その発言が公式の場での公式の証人としての発言であるかのように提示したのでしょう。
朝日の報道に対しては、先日、「記者会見で暴露」という虚偽の記述をしていたことを指摘しました。その点、朝日新聞はこんどは年表のなかで、「ライシャワー元大使『核搭載艦船の寄港や通過は核兵器に持ち込みには当たらず、事前協議の対象外』と証言」と書いています。「暴露」ではなくなったのです。
「暴露」発言から「証言」へ、という修正です。しかしライシャワー発言をすべて証言と描写することで、毎日新聞の最初のスクープ的報道の存在を消したいということのようです。
歴史をここまで細かな手法で改竄しようとする努力はなんとも、けなげ、と感じました。


by ~こめんとするあほぅ…
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