なんだ、結局はニューヨーク・タイムズの指摘が正しかったのか。
そんなことを思わされる最近の事態の展開です。
大震災の後の非被災地での活動は自粛すべきではない、という意見が圧倒的な主流となった、ということです。
以下は私がの日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からの転載のつづきです。
なお原文へのリンクは以下です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5866
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「日本経済の60%は国民の消費支出だが、今の自粛が広がると、この支出を大幅に減らし、もともと停滞していた日本経済に深刻な侵食効果をもたらし、倒産を急増させるだろう」
「東京都民にとっての自粛は、被災地の人々との連帯を示し、何か特別な良いことをしているような気分にさせるだろう。だが、これは安易な方法である。自粛をする当事者たちは、その自粛が実際にどんな効果を発揮するかはあまり考えていないようだ」
要するに、日本国民が「自粛」の名の下に生活を縮小していけば、消費が減り、経済全体を縮小する効果を招くというのである。同記事は大阪府の橋下徹知事の「自粛の過剰は日本経済を傷つける」という言葉も紹介していた。
自粛自粛では復興もままならない
私はこのニューヨーク・タイムズの記事を読み、早速、その要旨を産経新聞に転電として載せた。3月31日には自分のブログでも問題提起として取り上げた。
だが、記事への当初の反応は、私のブログで見る限り、「ノー」という反応が多かった。「被災者への弔意や同情を最大限に示すことは日本の伝統的な美徳であり、慣例だ」とか「ニューヨーク・タイムズに批判される筋合いではない」という反発だった。
だが、この種の意見があっというまに少数派になったことには驚かされた。日本でも「今の自粛は行き過ぎだ」という声が強くなってきたのである。
その一端を挙げるならば、東北の被災地の人たちから、東京その他の地域に対して「自粛をせずにお花見を」というような声がどっと出てきたのだ。例えば岩手県の酒造会社の社長がテレビで「わが県産の南部美人という日本酒を花見でどんどん飲んでください」と熱っぽく訴えた。
日本のメディアでも、産経新聞は4月2日付・朝刊の1面の大きな記事で「自粛は萎縮」として、自粛の行き過ぎが日本経済の縮小につながる危険を警告的に指摘した。
同じ時期に発行された週刊新潮も「『自粛自粛自粛』で日本が滅ばないか!」という特集記事で自粛への批判を打ち出した。
読売新聞も4月7日付の社説で「行きすぎた自粛は活力を奪う」と主張した。「自粛という重苦しい空気が日本経済を圧し、国民の生活からも活力を奪う」として、「産品の購入や旅行で東北に支援を」と呼びかけた。
こうした流れを時系列的に見ると、当初は否定的に受け取られていたニューヨーク・タイムズの「自粛批判」記事が、結局はその後の日本国内の主流の意見になってしまったと言えそうである。
私は、たまたまワシントン発のその記事を最初に日本に紹介した経緯もあり、自粛を巡る論調の変遷に強い関心を抱いていた。ニューヨーク・タイムズ にも、また他の米国メディアにも、それぞれ欠陥や問題は多々ある。だが、今回のこの論議の展開では、「米国メディアをあなどるなかれ」という実感だった。(終わり)


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