こんなコラム記事を書きました。
【朝刊 1面】
■【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久
■日本を超える日本語
どうみてもインド系のアメリカ人らしい少女がなぜ日本語をこれほど楽しげに話すのか。しかも「なまむぎなまごめ…」などという早口言葉を上手に口にする のだ。昨年12月中旬「ワシントン日本語継承センター」の学期末の学芸会だった。この日本語学校には5歳から16歳ぐらいまでの子供たち80人ほどが通っ ている。
その少女はリヤ・プラダンさん、7歳、まちがいなくインド系米国人だった。彼女の日本語のナゾは母親のサンギータさんの説明で氷解した。
「私は日本で生まれ育ち、日本語は私の言葉なのです。娘には母の私をよく知り、私の育った文化を理解してもらうために日本語を習わせました。娘は毎夏を日本でも過ごし、日本語の環境になじんできました」
容姿はもちろんインド人だが、日本人とまったく変わらない日本語で語り、家族の名を片仮名でさらりと書いてくれた。
サンギータさんは在神戸のインド料理香辛料販売で知られるビニワレ家に生まれ、12年前にインド系米国人の会計士へマント・プラダン氏と結婚して米国に 移るまで、神戸や東京で学び、働いた。だからワシントン地区の生活でも日本人の友人が多く、家庭でも日本語のできない夫とは英語とインドのマラティー語だ が、娘や5歳の息子とは日本語での会話が多いのだという。
「夫にもよく指摘されるのですが、私の言動の特徴の婉曲(えんきょく)さなどは日本語が象徴する日本の文化や価値観に起因しているところが大だと思います。だからこそ娘にも日本語を身につけてほしかったのです」
非日本人が自身のアイデンティティー(自己認識)を日本語に委ね、さらに次世代にも文化をもからめての日本語を受け継がせようとする。日本人にとっては 意外ながらも、大切にしたいと感じる努力だろう。日本語が日本人を超えての人間や文化の形成という普遍性をも発揮する現象だとまで思わされる。
その点、この日本語継承センターは日本人が米国で英語によって生きていく自分の子供にあえて日本語を教えるという目的自体、日本人を超えての日本語とい う発想を認識させる。日本国民になることはなく、英語が母国語となる子供たちになお日本語を教え、子供たちも楽しそうに日本語を話すという光景は、同時に 親の側の日本人としての頑固なまでの継承への願いをも感じさせる。
ただこのセンターの悩みは資金面で外部からの支援がないため、生徒側の授業料負担が大きくなってしまうことだという。創設者の一人、医学研究者の越谷直 弘氏が「米国で日本語家庭を増やすことは親日派を増やすという意味もあると思うのですが」と語る点などを考えると、日本側からの支援があっても決して不自 然ではないだろう。


by dpal451
「中国と日本は一つの国に」