さあ、しばらく中断していた憲法問題にもどります。
日本国憲法を起草した米国陸軍大佐チャールズ・ケイディス氏とのインタビュー記録の紹介です。
この部分ではケイディス氏はなお憲法第9条がどうして生まれたのか、そのミステリーについていろいろ語っています。そして半分冗談ながら、第9条はアメリカの立場からすれば、賢明ではなかった、と語っています。
以下がその記録です。なおこのケイディス会見の記録の紹介は次回で最終回とします。
古森 幣原氏が天皇の考えをマッカーサー元帥に伝えたことが考えられる、ということですね。
ケイディス 幣原氏はその回顧録の中で、天皇の神格化否定の詔勅をつくる過程では、天皇とともにその作成にあたった、と述べているそうです。彼が天皇と話す機会を持っていたことは明白です。私は幣原氏に追放令の関連で、数回会ったことがあります。追放によって彼の「進歩党」のメンバーはほぼすべて国会から排除されることになったから、彼は追放令にはもちろん猛烈に反対していました。
しかし幣原氏はいつも率直で、フェアーだった。だから私は彼が好きだった。彼の率直さを考えると、彼の息子さんが言っていることも、きっと真実なのだ、と思えてきます。が、となるとマッカーサー元帥がその回顧録の中で、本当のことを言っていないということになる。元帥は幣原氏がやってきて、戦争放棄のアイディアを提案した、と述べているからです。が、幣原氏にさらに別の人物、たとえば天皇、あるいは別の人が、そうしたアイディアを与えたかも知れないのです。
古森 しかしマッカーサー元帥自身がその戦争放棄を発案した、という説を否定できる理由もあなたは別になにも持っていないわけですね。
ケイディス そのとおりです。私の受けとった黄色い紙(マッカーサー・ノート)が、もし彼自身の筆跡であれば、その戦争放棄も多分、彼自身の発案だったと思います。しかしその紙を私は持っていないのです。
古森 あなたには要するにそれ以上はわからない、ということですね。
ケイディス その紙を持っていれば筆跡を判定もできたのですが。またホイットニー将軍にノートの発案者がだれか尋ねてもよかったのだけれど、そんなことをしたらきっと生意気な奴だと思われたでしょう。所詮は私は一大佐であり、命令されたことをただ実行するのが義務だったのです。
古森 第九条の起草者としてあなたは、いまの日本の自衛隊が、厳密には憲法違反だと思いますか。
ケイディス さあ、それは日本の最高裁判所が決める問題ですね。
古森 日本の最高裁の答えは「ノー」です。自衛隊は違憲ではない、ということです。
ケイディス であれば私はもちろんその最高裁の判断に同意しますが、いずれにせよこれは日本の国内問題です。
古森 第九条を起草したこと自体、いまふりかえってなにか感じることはありますか。たとえば戦争放棄とか再軍備禁止のお陰で、日本の経済の繁栄が容易になった、結果的に日本にとってプラスになりすぎたくらいだ、という評価もあります。
ケイディス 第九条が日本にもたらしたことを考えてみて下さい。アメリカのように巨額の資金を軍備に費やすかわりに、日本は経済努力に専念できた。いまの栄える日本を見て下さい。そして日本に対し防衛面でもっと努力をするべきだという圧力がかかるたびに、この第九条は日本にとって完璧な言い訳となる。極東の軍事力を十分に保つために、日本はもっと貢献(負担)すべきだ、アメリカはもう独力ではそれができない、という要請があるたびに、日本はぐるりとふり返って、“みて下さい。私たちは憲法の規定によりそうしたことはできないのです”と反論することができる。
だから第九条はアメリカの対日外交の手をしばる効果をはたしている。それも日本の立場からみれば一向かまわない。なぜならアメリカはソ連が日本に向けて進撃し、日本を占領するような事態を決して座視しないことを、日本はよく知っているからです。
古森 アメリカの立場からみたらどうですか。
ケイディス あまり賢明なやり方ではないですね。(笑い)
古森 しかしこれまでのお話で、憲法づくりのかなりの部分がはっきりとしてきました。
ケイディス いや、あまり役に立てなくて申し訳ありません。当時の資料をもっと保存しておけばよかったのです。そうすればもっとくわしく確実なことが話せたのです。しかし外務大臣公邸での、あの会談の日のことは、とくに鮮明に覚えています。頭の中にその光景をいますぐ再現することができます。
思えばそれは非常にドラマチックな瞬間でした。ホイットニー将軍はその会談について後で私にこんなことを告げました。これは将軍自身、自分の本の中にも書いていることです。GHQの憲法草案を日本側がただちにしりぞけた場合には、アメリカ側はそれを国民投票にかけるぞ、とホイットニー将軍が、その会議で日本側に迫ったわけですが、同将軍はマッカーサー司令官からそういうことを言え、というような命令など一切、受けていなかったというのです。ホイットニー将軍の独断で、そういう言葉を述べたのだ、というのです。
総司令部に帰ってからホイットニー将軍は、マッカーサー元帥にその旨を事後報告しました。“国民投票にはかって、もし国民がGHQの憲法に反対すれば、もうこの新憲法の話はなかったことにしてもよい、とまで日本側に私の独断で告げたのは、とても過激な方法でした。もしマッカーサー司令官がそれに反対ならば、私はいますぐ幣原首相を訪れ、会談で述べた国民投票の件は自分の独断であり、マッカーサー司令官の考えではないから取り消す、と伝えるつもりです”と。
しかしマッカーサー元帥はこれに対し“それはとてもいい考えだ。私がそれを考えつかず、貴官(ホイットニー将軍のこと)がそれを思いついたというのは、むしろ残念である。”と述べたそうです。
しかしホイットニー将軍がそんな威圧的な言葉を、独断で述べたのも、もしかしたらその日、高熱があったからかもしれませんね。(笑い)
古森 そうですね。熱がなければ将軍はそれほど短気にはならなかったかも知れない。
ケイディス ホイットニー将軍が“原子力エネルギー・・・・・・”と言ったのも、私は彼が病気だったせいだ、と思います。そもそも私はその日、帝国ホテルに彼を迎えに行った時、彼は病気でまだ寝ていたので、会議に行くのをやめるよう説得したのです。彼は顔面が紅潮して熱っぽく、汗をとてもかいていた。とてもひどい様子だった。彼は無理すると肺炎にでもなりかねないと、私は思ったので、“病気なのだからやめましょう。日本側にはちゃんと説明できます”と言ったのです。
しかし将軍は“いやそんなことをすると日本側は私の病気などは口実で、なにかほかに理由があって会談を延期したのだ、と思うに違いない”と答えました。
古森 それにしても“原子力エネルギーの暖”という表現がどこから出てきたのか、私にはよくわかりません。
ケイディス B29爆撃機のせいだと思います。その時、B29がちょうど着陸したばかりで、低空で飛んでいたからです。
古森 原子爆弾を投下したのが、B29だからということですか。
ケイディス そうだと思います。ホイットニー将軍がいったいどんな考えから、そんなことを口にしたのか
私にはわかりません。その時、私もへんな表現だなといぶかったくらいです。しかしそれを口にした時、将軍は笑っていたから、きっと冗談を言っているのだろう、と私は思ったのです。でも日本側はそんな種類のユーモアを解するようなムードにはなかったのです。(笑い)
古森 結局、憲法起草全体を通じて、最大のミステリーは、第九条のアイディアを一体、誰が最初に考えついたか、というわけですね。
ケイディス しかし、たとえそれがだれであってもどんな相違があるでしょうか。だれが発案したかということは、その内容がよいか悪いかに、どんな相違を与えるでしょうか。
古森 少なくとも歴史家にとっては、大きな相違があるでしょうね。日本国民にとってもいくらかの相違はあるのではないでしょうか。
ケイディス もちろんもしそれが外国人、アメリカ人による発案だとすれば、それが日本人である場合とはかなり違ってくるでしょうね。もし日本人のアイディアであるということになれば、第九条を改正することが、より困難になるでしょうね。
古森 そうです。だから日本では第九条の発案者がだれかは、非常に非常に政治的な問題なのです。
ケイディス しかしなぜでしょうか。芦田氏が第九条二項の最初の部分を修正した時、もし日本側がそういう第九条の内容にほかにも賢明ではないという点があったならば、なぜその他の修正を求めなかったのか、私には理解できません。たとえば、「攻撃目的のための陸海空軍は、これを保持しない」というふうに変えるよう求めることもできたはずです
。
古森 その修正の求めをあなたは受け入れましたか。
ケイディス はい、受けいれました。けれども現実には、日本側はひとつ(芦田修正)以外には、なんの提案もしなかったのです。
古森 第九条に関してはひとつだけだったのですね。
ケイディス はい。日本側に対し第九条について提案をしなくてはいけない、などと私は一度も言いませんでした。さらに芦田氏に対しても、私は修正を認めるのにホイットニー将軍の許可を得なくてよいのだということを告げたから、日本側は自由に修正を求められることはよく知っていたはずです。
古森 日本側は十分、承知していたのですね。
ケイディス 私がはっきりそう告げましたから。でも日本側は憲法案の修正を自由にいろいろ始めたら、きっとあまりにその数が多くなって国会での審議その他も困難になってくる、というような政治的理由から、差しひかえでもしたのでしょうか。
古森 もしかするとホイットニー准将が日本側との会談で言ったあの発言が、日本の指導者たちを畏縮させたのではないでしょうか。
ケイディス 国民投票にかけるという発言ですか。


by 王マイゴッド
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