安倍晋三氏がなぜ首相を辞任したのか。
いま日本のマスコミでは「これが真相だ」という虚実とりどりの情報が洪水のように出てきました。
それと同時に噴出しているのが「安倍政権はなにからなにまでダメだった」という式のこきおろしです。
しかし安倍首相が「戦後レジームからの脱却」を唱え、一年ほどの短い期間に教育改革、憲法改正、公務員制度改革などを目指しての大胆な法的措置をとったことは、たとえその内容に反対する側にとっても、歴史的な大きなステップだといえるでしょう。
防衛庁を防衛省にしたことも、同様です。何十年もの間、話だけが出て、実行されることがなかった「国家の防衛」の行政上の正常化がこの「庁から省への昇格」です。
国民投票法の成立も、同じように戦後の日本にとっては歴史的な意義を持つ動きです。憲法改正への具体的な手続きを初めて立法的にとったわけだからです。
しかし日本のマスコミの多くは安倍政権のこの種の実績を「閣僚の絆創膏」の矮小化し、バッシングを続けました。
安倍首相が果たした国家の根幹にかかわる改革の実績をあえて無視して、表面に出た閣僚スキャンダルだけを拡大する、という反応でした。日本の政治という全体の観点からすれば、まさに「木を見て、森を見ず」でしょう。
しかし安倍政権のこうした軌跡をきわめて前向きに、しかも全体像として評価する意見がアメリカ側で表明されました。
そもそもアメリカ側の安倍政権への評価は全体として高かったのです。この実態は日本側でなかなか伝えられませんでしたが、ブッシュ政権が安倍政権の安全保障上の政策には一貫して、歓迎や賛同の意を表明していたことも、その一例です。
アメリカ側のこのへんの安倍政権評価、安倍晋三評価を日本近代史研究の専門家ケビン・ドーク教授(ジョージタウン大学東アジア言語文化学部長)が総括しました。
以下はドーク教授の見解を報じた私の産経新聞記事です。
【ワシントン=古森義久】日本の民主主義やナショナリズムの研究を専門とする米国ジョージタウン大学東アジア言語文化学部長のケビン・ドーク教授は14日の産経新聞とのインタビューで、安倍晋三首相の辞任表明に関連して、安倍氏が米国では日本の歴代首相のうちでも「明確なビジョン」を持った指導者としての認知度がきわめて高く、米国の対テロ闘争への堅固な協力誓約で知られていた、とする評価を述べた。
ドーク教授はまず安倍首相の約1年に及ぶ在任の総括として「安倍氏は比較的、短い在任期間に日本の他の多くの首相よりもずっと多くの業績を残したが、その点がほとんど評価されないのは公正を欠く」と述べ、その業績として(1)教育基本法の改正(2)改憲をにらんでの国民投票法成立(3)防衛庁の省への昇格-の3点をあげた。
同教授は米国の安倍氏への見方について「米国では安倍首相への認知が肯定、否定の両方を含めてきわめて高かった。たとえば、森喜朗氏、鈴木善幸氏ら日本の他の首相の多くとは比較にならないほど強い印象を米側に残した。慰安婦問題で当初、強く反発したこともその一因だが、日本の今後のあり方について明確なビジョンを示したダイナミックな指導者として歴史に残るだろう。安倍氏が米国の対国際テロ闘争に対し堅固な協力を誓約したことへの米国民の認識も高い」と語った。
ドーク教授は安倍氏の閣僚任命のミスなど管理責任の失態を指摘しながらも、「戦後生まれの初の首相として日本の国民主義と呼べる新しい戦後ナショナリズムを主唱して、国民主権の重要性を強調し、対外的には国際関与を深める道を選んだ。安倍氏が『美しい国へ』という著書で日本の長期の展望を明示したことは、今後消えない軌跡となるだろう」とも述べた。
同教授はさらに「逆説的ではあるが、安倍氏の辞任表明の時期や方法も、それ自体が業績となりうると思う。健康上の理由、政治上の理由、さらには唐突な辞任表明での責任の問題もあるだろう。だが安倍氏が国民投票法など本来、まずしたいと思ったことを達成し、さっと辞任するという動き自体が今後の政治指導者の模範例となりうる」と語った。
同教授はまた「現在の日本での安倍氏への評価は戦後の旧来の産業社会の文化や規範を基準としており、情報社会の文化基準を適用していないために、『戦後レジームからの脱却』などがあまりよく理解されず、支持されないのだろう」と説明した。
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【プロフィル】ケビン・ドーク氏
1982年、米国クインシー大卒、シカゴ大で日本研究により修士号と博士号を取得、ウェークフォレスト大、イリノイ大での各助教授を経て、2002年にジョージタウン大に移り、東アジア言語文化学部の教授、学部長となる。日本での留学や研究は合計4回にわたり、京大、東大、立教大、甲南大、東海大などで学び、教えた。著書は「日本ロマン派と近代性の危機」「近代日本のナショナリズムの歴史」など。


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