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日本の柔道の国際性ーーあるアメリカ人の修行

2006/11/25 01:23

 

 日本人として国外に長く暮らしていると、日本的価値観とか日本文化とか日本の思考が国際社会でどのように受けとめられるか、頻繁に考えます。日本の物事にどれほどの国際的な普遍性があるのか、つまり日本独特の価値が外国人にどれほどアピールし、理解されるのか、というようなことです。
 この点で、話はやや極端に飛びますが、日本で生まれて育ち、世界へと発展していった柔道はスポーツとしても、武道としても、他の国のきわめて広範な人々に受け入れられています。私自身が学生時代から社会人になってからも柔道の練習を重ね、アメリカベトナムという外国でもかなり一生懸命、稽古や指導をした体験があるので、そんな考察をしてしまうわけです。
 そうした日本の柔道の外国人にとっての魅力に関連して、最近、あるケースを日本の「柔道新聞」に書いたので、紹介したいと思います。



柔道新聞十一月号掲載記事

 

「25年目の黒帯」

 

 アメリカの首都ワシントンにあるジョージタウン大学の「ワシントン柔道クラブ」のベテラン・メンバー、マーク・キャロル氏がこのほど柔道を始めてからなんと二十五年目、五十二歳で有段者となった。同氏は連邦検事を長年、務めた法律家だが、柔道への情熱は若々しい。だが四半世紀も黒帯を取らず、ただ稽古だけを続けるという同氏の生涯柔道にはアメリカ柔道のユニークさが目立つ。日本とは異なる柔道のあり方を紹介するためにも、このキャロル氏の軌跡を報告したい。

 ワシントン柔道クラブはアメリカ東海岸でも最古かつ最大の道場の一つとして活発な練習を週三回、続けている。ジョージタウン大学の柔道クラブをも兼ねるため、大学生の入門が絶えないのと同時に、首都の性格からか、欧州、旧ソ連、中南米など外国出身の選手も多い。技術の水準でも国際性でも米国有数といえるようだ。会員は約百人、ふだん稽古に参加するのは四、五十人である。

 私事となって恐縮だが、慶應大学柔道部員だった私は五年半前、五十代の終わりにこのクラブの練習に定期的に加わるようになった。産経新聞記者として北京での二年間の勤務を終え、ワシントンに戻ったときに、慶應での大先輩の宮崎剛氏に奨められたのだった。宮崎八段はかつての慶應柔道部の名選手でワシントン柔道クラブの師範の一人である。

 二〇〇一年春、私はそれまで十数年は柔道とは無縁だったので、恐る恐る稽古を再開した。その時期にまっさきに乱取りを挑んできた一人がキャロル氏だった。当時の彼は四十代後半だったのだが、もっと若くみえた。身長は一八三㌢、体重は九五㌔ほどの巨漢で、煮しめたように黒ずんだ茶帯を締めていた。アイルランド系の男っぽい、いかにもアメリカ人というタイプだった。

キャロル氏と組んでみると、荒削りだが、右の大外刈とか払い腰、帯をつかんでの隅返しなど、なかなかパワフルな技をかけてきた。とにかく稽古が大好きなようで、自分より強く大きい相手にも青年のように、どんどんぶつかっていく。ただ試合にはもう出ないようだった。

 キャロル氏は気性もさっぱりと明るく、話しやすいので会話もはずんだ。聞いてみると、首都ワシントン地区の連邦検事を務め、しかも担当は殺人事件なのだという。こちらも新聞記者としての好奇心から尋ねると、首都の凶悪犯罪について異なるギャング組織同士の抗争などをぽつりぽつりと話してくれた。それ以来、すっかり親しくなった。彼の柔道の水準は明らかに茶帯の域を超えていたから、なぜ有段者にならないのかと質問したこともあった。

 「黒帯になるにはかなり難しい形の試験を受けなければならないし、忙しくて。茶帯でも満足しているしーー」

 あまりはっきりしない答えが返ってきた。だがその後、また時間が流れ、この二〇〇六年夏、彼から報告を受けた。

 「やっと黒帯になりました。柔道を始めてからちょうど二十五年目です」

 彼がそれほど長く柔道をしてきたとは知らなかった。日本では成人男性がそんなに長い年数、稽古を続けて、初段にもならないということは考えられない。そこで彼の柔道経歴を少しくわしく聞いてみた。

 キャロル氏が柔道を本格的に始めたのはちょうど二十五年前、二十七歳のときだったという。

彼は大学卒業後、まずFBI(連邦捜査局)の捜査官となった。犯罪捜査の技術を学ぶなかで格闘技の訓練も課された。テコン道を選び、一生懸命に練習した。二,三年でテコン道では黒帯となった。

一九七八年、二十四歳のとき、ボルティモアのFBI支局に配属された。知能犯罪、組織犯罪、殺人などの捜査にあたる。八〇年にはニューヨークに移った。ときは東西冷戦のまっさなか、キャロル氏は反諜報活動にかかわり、国連内外で当時のソ連圏の人間を監視し、接近して、米側への情報提供をさせる工作にたずさわった。

 そんなころFBIの同僚数人とニューヨークのバーで飲む間、格闘技の話題となり、なかに柔道の選手がいて、テコン道と柔道とではどちらが強いかなどという話になった。議論は過熱し、結局、路上で戦ってみようということになった。

 「まあ、アルコールのせいもあって、おろかな行動でした。外に出て私がその柔道選手の同僚と対決したのです。その結果はこちらが回し蹴りを放つと、相手はふところに飛び込んできて、小内刈で背後に勢いよく投げられてしまった。勝負あった、です。そこで私も柔道を習おうという気になったのです」

 そしてキャロル氏は翌八一年、ニューヨークの名門スポーツクラブ「ニューヨーク・アスレティック・クラブ」の柔道クラブに入り、本格的な柔道修行を始めた。二十七歳のときだった。このときの師範が国士舘大学出身の松村洋一郎氏(現在七段)だった。キャロル氏は同時にFBI捜査官の活動を続けながら、地元のフォーダム大学の法律大学院に入り、八四年には弁護士資格を取った。

 このころの柔道は週三回ほど、稽古自体は必死でやったが、試合に出ることは少なかった。捜査活動には容疑者らを傷つけてしまう打撃系の格技よりも抑えつける柔道が最適でもあったという。

 その後、検事の資格を取ったキャロル氏はFBIを辞めて、一九八七年に首都ワシントンの連邦検事となる。殺人などの凶悪犯罪を捜査し、刑事訴追することが任務となった。柔道の稽古の場はワシントン柔道クラブへと移した。ここではジェームズ・タケモリ八段やタッド・ノルス五段の下で稽古に励むことになる。このころには激しい捜査、起訴の活動の合間だったが、柔道はキャロル氏の生活の欠かせない一部になっていたという。段位はまったく気にかけなかったものの、三級から二級へと上がっていった。

 ワシントンでの十数年間の同氏の練習ぶりについて尋ねてみると、日本では珍しい成人柔道の実態が浮かびあがる。レクリエーション柔道とか趣味の柔道と呼ぶには週3回の練習は激しすぎる。だが試合に出て勝つための柔道でもない。キャロル氏の場合、3年に一度ほど肩やヒジの負傷があり、何週間も練習を休むことも多かった。

 「検察官としての仕事は苛酷であり、心配や不安、不満に悩まされることも多かったが、そういうときに柔道は私にとって大いなる安堵感を与えてくれました。精神と肉体の両方を癒し、鍛えてくれたといえます」

 こう語るキャロル氏にとって血なまぐさい犯罪を追う仕事の合間の柔道は確かに慰めとなったのだろう。だが同氏は柔道にはもう一つの効用があったとも語る。

 「柔道の稽古は検察官として法廷に立ち、自分一人だけで刑事訴追の職務を果たすことと似ています。いざ裁判の場に出ると、まったくの孤独、だれにも頼れない。柔道と同じです。自立の精神が肉体を通して学べるのです」

 こうして検察の職務と柔道の稽古とを続けてきたキャロル氏は二〇〇四年十一月、検事を引退した。民間の刑事事件専門の弁護士となった。時間のゆとりが初めてできたのを機に、柔道へのエネルギーを増やして、黒帯を取ることに挑戦するようになった。その挑戦には夫人のジーンさんも、ケーガン、ケイティリンという二人の十代の娘さんたちも、大賛成で後方支援を惜しまなかったという。ちなみにジーンさんはペプシコーラ社の販売担当の役員待遇で、全米を駆け回るビジネスウーマンである。

 キャロル氏は二〇〇六年夏に本当に二十五年ぶりの黒帯を取った。

 あくまで試合主体、現役の若者が主役という日本の柔道では、こうしたキャロル氏のような気の長い、ある面ではのんびりした柔道はまずできないだろう。しかし少しはこのタイプの柔道練習があってもよいのではないか。

柔道はどんな形で、どんな世代で、どんな目的で、修行していくべきなのか。キャロル氏の実例は日本の柔道のこんごのあり方にも、なにか参考になる要因が含まれているような気がする。(終わり)

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コメント(19)

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2006/11/25 07:53

Commented by sponta さん

私は、小学校1年の娘が始めた柔道に付き添いで通っていたのですが、娘がやめたいと言い出したので、それに抗うために、三年ほど前に柔道を始めました。
現在でも一週間に一度、世田谷区の体育館に通っています。とはいえ、小さな怪我があったり、指先をいためてキーボードが打てなくなると仕事に差し支えるので、最近では、乱どりは行わず、打ち込みや見取り稽古をもっぱらにしています。…勿論、白帯です。(^^;)

ここの指導者は国士舘大学の先生なんですが、血気はやる若者は怪我のもととご退出願って、老人とこどもたちのなごやかな柔道教室をつくられています。世田谷区は柔道のメッカであり、区の大会にいけば、金メダルの吉田選手を見かけるような地域柄ですが、老人と小学生たちのなごやかな柔道教室を営まれているのです。(なごやかといっても、警察の教室に通っているこどもも多いので、区の大会で優勝するようなこどもが沢山いるのですが…。)

最近見た、CNNニュースで警察官が犯人を何度も殴るシーンが繰り返し映し出されて批判される映像がありました。これなども、柔道の締め技ならば批判をあびなかっただろうに…。なんて思いました。



私は、柔道精神が日本固有のものであり、それを世界に広めることが日本人の努めではないかと思っています。
「自他共栄」の精神も素晴らしいのですが、最近、それ以上にすばらしい言葉に出会いました。

「仕合いとは、敵味方に分かれて相対するという不自然な状態のことである。
仕合いに勝つとは、不自然な状態を自然な状態に戻すことである」。

これは、武術家・甲野善紀氏の「剣の精神史」という本に書かれていた、江戸初期に千回戦って一度も負けなかった真理谷円四郎の言葉です。彼は、江戸の町で5万人の弟子を持っていたといいます。
真理谷円四郎の無住心剣術は、黒澤明が最後にとろうと思っていて果たせなかった映画「雨あがる」の主人公が修養していたものだそうです。

孫子の兵法の第一は戦わずして勝つ。ですが、真理谷円四郎の理想は、合いヌケ。戦う前に勝敗を決し、戦わずに終えることだそうです。

勝つことの意味が、不自然な状態を自然な状態に戻すことであるとイメージすることができれば、アメリカのイラク戦争と戦後処理も少しは変わっていたのではないかと、残念に思います。

 
 

2006/11/25 13:55

Commented by 古森義久 さん

sponta様

日本でも子供や高齢者を含めてのなごやかな柔道教室があるのですね。
私は知りませんでした。日本ではrecreational judoはほとんどなく、competitive judo ばかりだと思っていました。でも比較としては、日本はまだまだ、なごやかなに練習できる柔道の場は少ないと思います。
世田谷区は実は私が生まれて、小学校5年まで住んでいた地区なので、国士舘その他、なじみはあります。

 
 

2006/11/25 14:32

Commented by ohrakusai さん

最近、MAはブームのようですね。先日某新聞の日曜版で野田の□△館が特集されていました。「XX忍術、○○棒術、△△剣術」を教えているようです。10段(!)以上者の名札は、カタカナの名前がずら~りで、稽古風景は日本国内とは思えません。サラリーマン転じて宗家の○X氏は、さしずめグルのような存在であり、世界中から信者が集まっているようです。

「米国対日占領政策と武道教育 」によれば、戦後、進駐軍により武徳会が解散させられ、武道教育が禁止させられた背景には、例によりGHQ内のGSとCIEの葛藤が背景にありました。精神修養の方法としての武道(儒教的)と封建的な滅私奉公の修練としての武術(葉隠れ的)があり、戦前の国粋イデオローグにより後者がその後の翼賛体制に組み込まれていきました。GHQは武道の教育効果を、実体験として認識していたため武道教育を禁止する必要が有ったわけです(笑)。

「個人」の徳育・体育のために武道を教育の場で活用することは非常に意義があると思います。
三島由紀夫は嘗て、「川端康成氏の作品は胃弱のにおいがする。堀辰雄氏の作品は微熱を感ずる。胃弱や微熱では今の世の中は描けない。だから自分は体を鍛えたのだ」と何かで書いておりました。体を鍛えれば、ものの見方が変わるということですが、全く至言だと思います。

 
 

2006/11/25 15:42

Commented by 古森義久 さん

ohrakusai様

アメリカの占領政策下での柔道など武道の扱いについての経緯はとても参考になります。
私も詳しくは知りませんでした。

少なくとも確実にいえるのは、柔道の「自己を律して、自己を鍛える」という精神が日本人以外の人たちにも強烈にアピールするということです。その精神だけならば、なにも柔道でなくてもよいのでしょうが、その精神に肉体の動かし方、使い方、闘い方などが組み込まれている点が魅力のような気がします。

 
 

2006/11/25 20:47

Commented by sponta さん

古森さんは世田谷出身でしたか。

柔道をしている年寄りの方に聞いたのですが、柔道は、教える側が初心者たちにまず投げられてあげる。
それが素晴らしいと言っていました。そういうのって、打撃系の格闘技では無理ですよね。



武道と武術は明治期に分かれていますが、武術に関しては、宮本武蔵~無住心剣術~葉隠~千葉周作というように、さまざまな展開をしていますので、なかなか一概にいえないようです。
また、武術家の甲野氏は、武術を習得することは、体を鍛えるのとは違うと主張しています。曰く、自動車教習所に通うのを鍛えるとは言わぬだろうと…。

なかなか難解な世界なので、私も勉強中です。

ありがとうございました。

 
 

2006/11/26 15:36

Commented by maikee さん

どうでも良いことですが(^^;

>柔道は、教える側が初心者たちにまず投げられてあげる。
それが素晴らしいと言っていました。そういうのって、打撃系の格闘技では無理ですよね。<

空手でも芦原空手などで重視する「さばき」の練習では、上級者は一切攻撃せず、あくまで技の「さばき」に徹し、初心者は遠慮無く攻撃をする、そうです。
上級者が初心者を攻める空手は下の下、よくないと言う教えだそうです。
またボクシングでも、パンチを出さずに防御のみで初心者の攻撃を受ける練習もありますし、要はその指導者の考え方次第ではないかと。

 
 

2006/11/26 16:04

Commented by 古森義久 さん

sponta様

確かに、柔道では教える側が初心者に投げられてあげるということが多々あり、むしろそれが初心者にとって最善の学習用となります。
私も10歳ぐらいのアメリカ人の女の子がうまく技をかけてくれば、ポンと投げられます。その投げられ方は経験者かどうかでまったく異なるというわけです。
私も投げられ方は下手ではないので、8歳ぐらいのフランス人の少年とでは、彼はほぼ自分が本当に相手を投げていると思っているようです。そして、人間がこんなにうれしい顔をみせることがあるのか、と思わされるほど、顔いっぱいに喜びをみせます。人間は闘争本能というか、他人を投げたり、倒したりすることに快感を覚える側面があるようですね。

ただし打撃系でも上級者が初心者に自由に打たせるという慣行はいくらでもあるという実態はmaikeeさんのコメントからも明らかのようです。

 
 

2006/11/26 16:05

Commented by 古森義久 さん

maikee様

打撃系に関するご指摘、ありがとうございました。

 
 

2006/11/26 16:06

Commented by 古森義久 さん

訂正

上記の私のコメントで「学習用」とあるのは「学習法」のまちがいでした。

 
 

2006/11/26 16:41

Commented by bitter さん

私も武道(剣道)をしていて、精神修養としての考え方として感動した一言を「打って反省、打たれて感謝」です。
試合や稽古でも、打っても浮かれないで反省をし、打たれて自分の悪いところを指摘してもらったのだから感謝をという考え方ですが・・・子供に教えるのにはやはり「試合」がいるのが現実ですね~~。

 
 

2006/11/26 23:36

Commented by 古森義久 さん

kmura54様

子供に教えるのにやはり「試合」がいるーーーというコメントを私なりに解釈すれば、子供、若者が修行するには、やはり単なる練習だけでは不十分で、勝ち負けがはっきりする試合がないと、本当の鍛錬にはならない、という意味に思われます。
もしその意味であれば、私も本当に同感です。若者が武道あるいはスポーツをやる際、レクリエーションだけであってはならない、と思います。
自分の成長期の柔道を回顧しても、試合に勝つか、負けるかがほぼすべてでした。そのことが自分を鍛え、律し、成長させたと思ってます。

 
 

2006/11/27 05:09

Commented by sponta さん

古森様、皆様

打撃系にも初心者に対する対応があるのは当然のことですよね。とはいえ、上級者とはいえ、痛ければムカッとするし、初心者は技を覚えたら実際に殴りたくなる。そんなことを柔道場の諸先輩方はおっしゃってました。

とはいえ、柔道者が柔道を褒め、空手者が空手を一番と思う。合気道は合気道が一番だと考える。それは当然のこと。
だから、インターネットという総合格闘技の場ではそのような言説は慎むべき。反省しております。



教えるには「試合」がいる。というのは、極めて合理的なので、かならずしも、それが日本の精神とはいえぬ。と、思っています。47歳の私は決して試すことのできぬ居合に魅力を感じたりする。

千葉周作の防具をつけて乱取りをする剣術が幕末に行ったのですが、元禄期、刃傷松の廊下の浅野内匠頭は、当時、何故、突かなかったか。と、批判されたようです。つまり、江戸時代の武士たちは、突くことが一番有効な攻撃法だと知っているにもかかわらず、斬る技術で競おうとしていた。
つまり、剣術も文化であり、作法のひとつでしかなかった。

それは、合理主義の西洋で、突きをもっぱらにしたフェンシングが生まれたのと対照的なこと。

戦うことが相手を傷つけるという宿命をもつならば、型を通じた修養も、試合と同様に重要であるのではないか。などと考えています。

試合というのは真剣ではないと意味がない。しかし、究極の意味としての戦いを試合というシステムが提供しているのかといえば、かならずしもそうだは言い切れない。
ならば、試合と同様に型を等価として重要視する必要があると、考えています。

空手の型の凄みや美しさをみていると、そのことを痛感させられます。

オリンピック柔道が美しくなくなっているのも、型の軽視があるのではないかと思えてなりません。型の演舞や型のコンテストがあれば、すこしは変わってくるのかな…。なんて考えております。

自説開陳、失礼もうしあげました。

ありがとうございました。

 
 

2006/11/27 08:49

Commented by 古森義久 さん

sponta様のコメントに触発されて

中年以上の方が柔道を初めて習う場合には試合に出る必要はないと思います。あくまで趣味として、自分の体の鍛錬の範囲内で練習すれば、よいわけで、無理をして試合で闘うと、思わぬ怪我をする危険も高いでしょう。
その一方、子供、少年少女はまず負傷の可能性は低いし、
一度は真剣にやらせることの意義からも、試合に積極的に出場すべきだと思います。

しかし繰り返しですが、アメリカの柔道のよいところは、中年の初心者でも堂々と練習に加われる、おおらかさです。
ワシントン柔道クラブでの一例を報告させてください。
数年前のことですが、同クラブに在米日本大使館の公使だった梅原克彦氏が入門してきました。氏は経済産業省の官僚で、国際経験をかわれ、駐米公使となったのです。その梅原氏が48歳で、ほぼゼロから柔道を始めたのです。最初は宮崎剛師範が個人レッスンのような形で、つきっきりで、受け身から投げ技の基本などを週三回のペースで教えました。
梅原氏は体もそれほど大きくはなく、筋肉の力こそ、平均よりありましたが、柔道は文字どおりの初心者で、どこまで続くかと私はひそかにいぶかっていました。

ところが彼はその後の一年間、みごとに練習を続け、自由な乱取りの稽古をこなし、メリーランドの大会にも出場するところまでがんばりました。もちろん中年からのスタートによる限度はありますが、黒帯とでも稽古を自由に(投げられながらも)するようになりました。
ただし梅原公使はものすごい根性の人ではあったようです。最初のころは太ももの筋肉がつったり、足をくじいたり、あるいは稽古が終わると、あまりの疲労に顔が青ざめて、こちらが心配になるほどでした。でもそのうちしっかりした動きをするようになり、私も一度は不用意に左の大外刈をかけたら、勢いよく返されて、きれいに投げられたことがあったほどです。私は子供のころからやっていたので、いまは五段ですが、梅原氏をみくびった結果でした。

48歳の人が柔道を始めるというのは、やはりアメリカの柔道クラブの雰囲気とシステムの下でしかないように思えます。
ちなみにこの梅原克彦氏はいまは仙台市の市長になっています。

 
 

2006/11/27 17:23

Commented by sponta さん

古森様

柔道5段とは知りませんでした。尊敬いたします。

世の中はフラットになっていきますが、黒帯の方を尊敬するのは、気持ちがいいものです。
もちろん、上段者が謙虚であり、尊敬できることが条件ですが…。

私は、剣術読ん段。柔道も読ん段。あわせて恥段。そんな感じです。(^^;)

体験や現実をともなわない言論が横行していますが、武道を通じて得られる身体性が、有効な言論を展開することにも影響しているのではないかと思っています。

私も怪我が怖いなんて言い訳をしてないで、投げられる勇気を持ちたいと思います。

ありがとうございました。

 
 

2006/11/27 17:34

Commented by 小龍景光 さん

古森様、こんにちは!

柔道のような日本の伝統文化が世界に発信されるのは素晴らしいことですね。私は剣道と空手をやってきて、柔道は高校の体育でかじったくらいなので、柔道の世界のことは全く分かりません。

私の通っていた空手の道場では、けっこうお年を召された方も入門していらっしゃいました。肉体的に強くなるというよりは精神修養を目指されている方が多かったと思います。

日本の「武道」の良さは、相手をたたきのめすことが目的なのではなく、あくまでも戦わずして勝つことを目指すところにあるのでしょう。武道に限らず、華道でも茶道でも、その極めようとする到達点に向かう不断の修養が目的だという精神を含めて海外に伝播することは、日本文明の理解者を増やす最善の方策です。

道場の先輩が青年海外協力隊で当時のラオスに空手を教えに行っていました。後年、その時のお弟子さんたちが来日したときの経験は忘れることができません。人種・国籍・言語の壁がいともあっさりと取り除かれてしまったのです。

大学の体育会に入部する学生が減っていると聞きましたが、道場で汗を流す喜びを多くの方に知っていただきたいです。

 
 

2006/11/28 00:53

Commented by 古森義久 さん

bitter様

あなたあてのコメントをどういうわけか、kmura54という方の宛名を誤記して、書いてしましました。失礼しました。

 
 

2006/11/28 00:57

Commented by 古森義久 さん

sponta様

私が留学生あるいは記者としてベトナムアメリカに住んだ際に、柔道がいかに現地の人たちとの交流に役立ったかは
自書の「国の壊れる音を聴け」(恒文社21刊、のちに扶桑社文庫)で詳しく書きました。確か「柔道という肉体言語」という題の章でした。
自慢話のようで気が引けますが、もし柔道の国際性という見地からご関心あれば、ご笑覧ください。

 
 

2006/11/28 01:00

Commented by 古森義久 さん

小龍景光様

空手や柔道を通じてだと外国人との交流や相互理解がきわめて容易になるということ、私もずいぶんと体験してきました。
最近の学生の体育会入りが減っていることは私も聞いています。

 
 

2007/01/16 04:02

Commented by noritaka190 さん

古森義久

はじめまして DCのAmerican Uni のロースクールに通う者です。
以前から産経新聞でワシントン柔道クラブの存在を知っていましたが、(産経新聞の外信部でバイトしたこともあります。)ジョージタウン大にあるとは知りませんでした。
是非、稽古に参加したいのですが、
毎週何曜日の何時頃稽古されているのでしょうか?
教えて頂ければ幸いでございます。

竹沢徳剛  

 
 
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2006/12/02 03:12

日本人であること [南雲記]

 

まあ、一日ぼけーっと暮らしているとネタに困ったりもする。産経新聞の古森義久氏がちょっと気になるフレーズを書いていらっしゃったので紹介する。 http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/77813/ 日本人として…

 

2006/11/28 08:22

★ 鳥インフルエンザと中国 ★ [★ 反中マンガを、作っています!…]

 

 このところ、韓国での大発生が問題になっている鳥インフルエンザですが、そもそもこの伝染病は中国が発祥の地です。  南方系の中国人は、自宅の中で家禽を飼う習慣があるので、ニワトリやガチョウの病気である鳥…