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日本人の国際化とは

2006/12/19 06:45

 

日本人にとっての国際化とはなんなのか。
最近はあまり正面から語られなくなった命題です。
でも日本から外国に出る人は増えています。逆に外国から日本へ入ってくる人間や事物も増えています。日本人にとって、非日本の文化や事物、人間との調和をより真剣に考えざるをえないことは現実でしょう。
私のようにアメリカに在勤し、日本への報道をしていると、日本とアメリカ両方の文化や価値観には常に同時にさらされます。だから日本人の国際化とはなにか、などと考える頻度も高いわけです。

もっとも「国際化」という言葉にも落とし穴があります。日本の外に広がる国際社会とはいっても、実際に存在するのは韓国であり、中国であり、アメリカであり、他の国家のわけです。地球上、人間の住むどんな場所も「国際」という空間はなく、どこかの国家に所属するわけです。
それでも諸国家をまとめての多国という意味の「国際」という概念は存在します。でも個々の日本人が日本以外の主体との調和を考える場合は、その対象は日本とは別の国家であり、その国家に帰属する社会や人間、ということになるでしょう。

前置きが長くなりました。
要するに外国にいる日本人にとっては「国際化」よりも、その目の前、周りの国の社会や人間との調和が最大課題だということです。
その意味でアメリカにいる日本人がアメリカ社会にどこまで溶け込むか、をよく考えさせられます。日本の企業から派遣され、日本人の家族と住み、という人たちのアメリカ社会への溶け込み度と、日本の組織に所属せずにアメリカに住み、働き、家族もアメリカ人というケースとでは、当然、その溶け込み度合いが異なってきます。

さてそこで話題がまた柔道となって恐縮なのですが、12月2日にアメリカとカナダで30年、40年と柔道の指導をする日本人の方々と顔を合わせて、おもしろい「アメリカ化」の現象を発見しました。
加藤良三駐米大使が日本人の北米柔道指導者たちの業績に感謝する集いをワシントンの大使公邸で開いたのです。
その際、アメリカ、カナダの各地から22人に柔道師範たちが集まりました。ほとんどが日大、明大、慶應、早稲田、中央など主要大学の柔道部でかつて活躍した名選手、強豪選手たちで、1960年代、あるいは70年代から北米に定住して、柔道指導にあたってきた人たちです。
この人たちは日本の柔道を教えながら、日本とは最も遠い距離に立ち、アメリカやカナダの社会に密着している、あるいは没入している、つまり「アメリカ化」「カナダ化」の度合いが日本企業駐在員や日本外交官らより、ずっと高いことを知らされました。
日本の組織とは縁がなく、日本語を話すことは少なく、配偶者もアメリカ人、あるいはカナダ人、という人たちが大多数でした。
その人たちについて書いた私の記事が以下の紹介です。


【緯度経度】ワシントン 古森義久 北米柔道指導者の風雪  

 昔の柔道試合の展開がなまなましく浮かびあがった。激しく動く相手がこちらの柔道着をがっちりとつかんだまま、捨て身になって、足元に飛び込んでくるのだ。そして下から片足を私の腹に当てて、勢いよく跳ねあげる。自分の体がすうっと宙に浮き、半回転して、横倒しに畳に落ちる。そのときの「しまった」という嫌な感じまで、つい思いだした。

 12月はじめ、加藤良三駐米大使が日本人の北米柔道指導者たちを招いて催した夕食会でのことだった。ワシントンの大使公邸でのその集いで日大柔道部出身の柴田錬蔵氏に再会した。

 1964年5月の全米柔道選手権大会の軽中量級準決勝で私は柴田氏と対戦し、巴(ともえ)投げで倒されたのだった。私の留学中、ニューヨークの万博会場の巨大な屋内スタジアムでの大会だった。慰めは試合時間いっぱい闘って、判定負に持ち込んだことと、その柴田氏がその級の全米チャンピオンとなったことだった。

 柴田氏も42年ぶりの再会を喜んでくれた。名刺をみると、「柔道師範7段」とあった。詳しく聞くと、60年代以降ずっと米国西海岸で柔道を続け、海兵隊の正規の師範を務めたほか、フジモリ大統領に招かれ、ペルーでも指導にあたったという。その結果、弟子からは米国の五輪選手が3人も出たとのことだった。

 柴田氏は柔道指導だけでは収入が少なく、生活に苦労したことまで率直に打ち明けた。母校の推薦でロサンゼルス地区クラブの師範として渡米したものの、給料が少なく、他の仕事を自分で探し、なんとか柔道を一貫して続けたという。

 同じ苦労は国士舘大学出身の小笠原長泰氏も語っていた。いまでは東部のニュージャージー州で自分の道場を開く同氏も67年に渡米してから昼間は建築事務所で製図を描き、夜は柔道を教えるという二重勤務を長年、強いられた。ちなみに小笠原氏は9・11テロでの“第四の旅客機”乗っ取り犯に立ち向かった米国青年の師範だった。

 加藤大使は北米各地に定住してきたこれら柔道指導者たちを日本政府代表としては初めて3年前に慰労したが、今回さらに輪を広げ、22人を招いての宴となった。同大使は「柔道指導を通じての米国、カナダとの友好や理解の促進に感謝します」と謝辞を述べた。

 米国とカナダの公式登録の柔道人口は合計7万ほどだが、米国柔道連盟幹事タッド・ノルス氏の言明では実際に練習をしているのは米国だけでもゆうに10万を超えるという。この両国での近年の柔道の広がりは50年代から70年代にかけ日本からやってきた学生柔道の元名選手らの指導によるところ大だった。

 日本で生まれ育った柔道の外国への普及は間違いなく日本の文化や価値観の対外発信にもつながるのだが、ふしぎと日本側でこれら日本人指導者たちの労苦が認知されることは少なかった。海外での日本語教授、華道や茶道の指導、さらにはビジネスがらみの技術指導などが日本政府機関からも認められ、支援されるのに対し、北米での柔道は日本代表の形の人たちが指導に献身しても、日本側からはほとんど無視されてきた。

 柴田氏や小笠原氏のように長年、柔道指導だけでは生活が苦しすぎたというのも、そんな現実と無関係ではないだろう。もっとも母国を離れ、北米で柔の道を歩むのも、個人が決めた選択である。だから個人で苦労するのも当然ともいえようが、指導者たちの話を聞くと、それぞれが日本からは最も離れた環境で自分ひとりの技や力だけに頼り、武者修行同然の幾多のチャレンジを経て、地歩を築いた辛苦の風雪の物語である。

 大使の招宴にカナダから参加した中央大学出身の中村浩之氏はモントリオールで450人の門弟を抱える「志道館」道場を経営するだけでなく、カナダ政府から財政支援を得る全国柔道訓練センターの首席コーチでもある。だが68年に当時、勤めていた博報堂を退職し、移民としてカナダに渡った中村氏も、母校からも講道館からも、まして日本政府機関からも支援は皆無、まったくの単身でカナダでの柔道活動をゼロから始めた。小兵ながら日本の学生柔道でも最高レベルだった技量で各地の道場で実力を示し、指導権を確立するまでには負傷の挫折もあり、限りない労苦があったようだ。

 いまではカナダ柔道の名実ともに頂点に立った中村氏は「日本の柔道を必死で広めた結果、皮肉にも日本とはすっかり縁遠くなりました」と苦笑する。日本の事物の対外発信とか国際化の究極は意外にもこうした形をとるのかもしれない、と実感させる述懐だった。(ワシントン 古森義久

産経新聞12月16日朝刊「緯度経度」から


 

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コメント(12)

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2006/12/19 13:22

Commented by ohrakusai さん

古森さん、大変素晴らしい話を有り難うございました。
MA(マーシャル・アーツ)は、映画・マスコミで取り上げられ、今や世界的なブームでありますが、ここまでくるまでには、先人の数多くの苦労があったものと思います。特に柔道は、海外に於ける日本のソフトパワーの確立に多大な貢献をしたと思います。 柔道・空手、あるいは茶道・日本食などは、非言語的国際交流であるが故に尚更、価値があるように思います。

一方、言語的コミュニケーションに関しては、「日本」人の国際化には、まだまだなすべきことが沢山あるように思います。
所謂、進歩的あるいはリベラルな言論人は伝統的に海外の言説の輸入を職としていましたから、外国語に堪能な人が比較的大勢います(その中には、意図的・非意図的に日本に害をなしている場合も相当数あります)が、「日本」の言説、あるいは健全な保守思想を適切な外国語で語れる人はまだまだ少ないように思います。
戦後60年、多数の個々の日本人が、様々な深度で異文化体験を積み重ねているわけですが、まだまだ、外国語による「言挙げ」は、柔道ほどの国際化がなされていないように思います。

 
 

2006/12/19 14:52

Commented by 古森義久 さん

ohrakusai様

本当にそのとおりだと思います。
柔道で日本の価値観を実地に示すことができても、その他の主張や価値観を英語で外国に示すことが不十分だという現実です。
だから日本のことをさほどわかっていない外国人に勝手に日本を語られてしまう。あるいは日本をゆがめて外部に伝えたいという日本人に勝手に日本に関する英語の虚報を広められてしまう。
これまでのこうした悪しき慣習をそろそろ遮断したいですね。

 
 

2006/12/19 17:05

Commented by えび男爵皿だ さん

シドニーで金を逃した篠原。審判も(相手選手も)見逃してしまうような(知覚し得ない)技とは、柔道の真髄なんでしょう。日本人的にいえば最高の試合でしたね。
英語にしにくいところに日本文化の真髄があるのは確かでしょう。
海外のオークションで一億円の値が付いた村上隆の芸術は、海外の評価に合わせたから成功したと自身語っていましたが、その協調性(妥協)で満足出来るのかどうか、疑問が残りますが「侘び寂び」など日本人でも理解しにくい内容を訳し、しかも確実に相手に理解させるのは至難の技、日本伝統文化はどれも十年やってようやく入口に辿りつくみたいな深さもありますから。
日本を良く知り尽くし英語(外国語)も堪能……。困難でしょうが、そうありたいと考えている日本人は多いはずです。そういう子供にしたいと思っている親御さんたちも……。あとは実行でしょう。
古森様に期待しております。先駆者として。
野球選手が大リーグに行くと現地のメディアからよくサムライに例えられたりしますが、日本から見ても日本でプレーしているよりも侍に近づいているように見えるのは不思議なことです。特技を持っての海外滞在は原日本人を呼び覚ますのかもしれません。
一般人でもこれからそういう(異文化・国際化体験)機会が増えるのは確実でしょうね。

 
 

2006/12/19 18:20

Commented by ニッポニア・ニッポン さん

ありがとうございます。「武士道」あるいは「やまとごころ」といえるような“何か”が着実に継承されているんだなと、嬉しいような哀しいような複雑な気持ちにさせられて、不覚にも思わず涙ぐんでしまいました。お金の欲を満たすものじゃないものの“価値”の継承について、「一隅を照らす」人々(日本人)が確実に存在することを知らせられ、(特段、国家主義者でも国粋主義者でもありませんが)その「存在」を改めて誇りに思います。たいへんありがとうございました。

『ヘーシンクを育てた男』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163592202
「柔道」を通して、「戦前」と「戦後」の価値観の変遷が、多少理解できるように思いました。やや思い込みも含まれているのかもしれませんが、あの決勝での「礼に始まり礼におわる」ことの作法をヘーシンクに諭された場面など、戦後がむしゃらにやってきて何かが薄まっていきつつあったことの現れなのか、とか…。

硫黄島からの手紙」とか「ラスト・サムライ」とか、最近、「日本的なもの(ジャポニズム?)」(私にもいまひとつよくわかりませんが。笑)が、何か欧米の方々に関心をもたれているような…。(「マンガ」もドイツでうけてるとか。)
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/61175/
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/80761/
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/p/
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/
声高に「外交」を叫ばなくても、「日本文化」そのものが、「ソフト」で「タフ」な「外交」の「武器」になっているのではないかと思います。まさに「柔よく剛を制す」というような(笑)。

長々と大したことでもないことを書き連ねて申し訳ございませんでした。(苦労をいとわない、カネ稼ぎだけでないものに勢力を注ぎ込む、そういう日本人の姿に感激しただけなのかもしれません。) 重ねてたいへんありがとうございました。

 
 

2006/12/19 18:58

Commented by 丸山光三 さん

古森さま、
「北米柔道指導者の風雪」を拝見し、わが身をあらためて考え、まさに忸怩たる思いにかられます。わたしはドイツに居住してもうそろそろ20年になりますが、なにか誇るべき事業をなしたわけでもなく、ドイツ社会に溶け込む意志もなく、じつに中途半端な状態のまま「生き延びている」程度の人間だからです。
「国際化」などと考えたことはありません。自身ではますます「日本人」になりつつあると考えています。若き頃盛んに読んだ森有正の以下の言葉が支えです。
「日本人から出発してはいけない、いずれにせよ我々は日本人として生涯を終えるのだ。問題はいかに自分で日本人を定義するか、だと。」
正確な引用ではありませんが、心に残っている言葉をそのまま記しました。

 
 

2006/12/19 19:47

Commented by kikuti-zinn さん

古森様
 私の友人にアフリカで柔道を教えていた日本人がいます。
あまりにも貧しいから、柔道の教官で生活は、全くできないので、ソーセジの製造・販売をしながら、柔道を教えていたそうです。
 今は日本に帰ってきていますが、アフリカの現地語を今でも話す姿は、苦労して来たんだろうなあと想います。

 
 

2006/12/19 19:48

Commented by ニッポニア・ニッポン さん

最近、身震いした言葉。

《日本人でも日本語で考えなければ日本文化ではないし、外国人でも日本語で考えていれば立派な日本文化だということがわかってくるのです。世界のどこにいようが、日本語で考えていれば、それは日本文化なのです。》(「美は時を越える」千住博 P106.)

それを、“実感”してしまうことに対する、とんでもない“怖さ”(畏怖)を感じます。(私のそのことについての「無知」ゆえなのかもしれませんが…。)

 
 

2006/12/20 00:39

Commented by みなとの石松 さん

さぁ、妙なる法とは何ぞや。果報、因縁もよいですが、最後は結局、ここに落としたわけですな。
国際化の大元は、たぶん、何処にファウンデーションを置くかという視点を、どう捉えるかにかかってくるでしょうな。
日本独特(独自)の文化というか、何というかは知らぬが、敬意を表したいですな。
まず、己を大切にせずに、他国だ、国際化だと騒いでも、謳っても、始まらんと思いますがな。
腐ってしまっている根性を、一分でも叩き直そうということでは、教育基本法改正は、いくらか有用ですかな。しかしながら、根幹を叩き直さねば、たぶん、ダメかも。たといそうであっても、教育改革は必要だわな。

 
 

2006/12/20 00:46

Commented by 古森義久 さん

蝦田門人様

シドニーでの篠原とドイエの対戦、懐かしいですね。
プロ野球の例のように日本人の次世代がスポーツでも外国とのかかわりが深く、広くなるのが目にみえています。
そんな流れのなかで、「日本」をどう保持していくか。
こう述べると、「日本」になんて、こだわるな、という反論がよく出てきますが、実際に日本人として海外で活動すると、自分の拠って立つ国は、たとえ自分で切り離そうとしても、相手がくっつけてみる、というのが現実です。
日本と外国と両方を理解するというのは、いざやってみれば、程度の差は個人で違うとはいえ、できることだと思います。

 
 

2006/12/20 00:56

Commented by 古森義久 さん

ニッポニア・ニッポン様

武士道とか大和心というのも、日本だけと思えて、実は世界どの地域でも尊重される普遍的な人間の美徳を日本なりに凝縮した結果のようにも思えます。
たとえば他者への誠意、個人としての一貫性、もっと簡単にいえば、約束を守る、自分を犠牲にしても多数の他者の福祉を重視する、そんな立ち居振る舞いは、キリスト教の世界でも、イスラムの世界でも、尊敬される美徳だと思います。
そうした美徳がたまたま日本の伝統では他国よりも強く、
より広く実行されてきた、という現実が証明できれば、武士道とか大和心という言葉も十二分に実際の国際的な意味を発揮する。ご意見を読んで、そんなことを思いました。

 
 

2006/12/20 01:02

Commented by 古森義久 さん

kikuti-zinn様

アフリカで生活に苦労しながら柔道を教えたという友人の方には私からも「ご苦労さまでした」と言いたいです。
ちなみに外国で柔道を本格的に教えることの難しさの一つに、教える側に真剣な稽古や試合では絶対に負けられないという点があります。
カナダ柔道の指導陣ではトップに立つ中村浩之氏が30年余りの活動を顧みて、「一回でも投げられたら終わり」という時期が長いことあって、と述懐していました。コーチ、あるいは師範としての生命が終わり、という意味です。
そういう物理的な障害を越えねばならないので、海外での柔道指導というのは、日本で柔道を身につけていれば、だれでもできるというわけではまったくない、ということです。
それに最近は外国の選手も強いですから。

 
 

2006/12/20 01:06

Commented by 古森義久 さん

みなとの石松様

日本独特の文化というようなものに敬意を感じるというのは、私の場合、理屈ぬきで、体の中から自然にわいてしまう気持ちですね(その対象と場合によって、もちろん程度の差はありますが)
その一方、日本独特に風習などで、自分でなじめない、というのもあります。
でも前者も後者も含めて、自分の生まれ、育った国の一体になった事物であるという自分なりの認識は否定したくありません。

 
 
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